沼田城 2004.4.24



所在地: 群馬県沼田市西倉内町
最寄駅: JR上越線沼田駅
別 名: 倉内城
現存遺構: 石垣、土塁、堀
再建建物: 鐘楼
区 分: 平城
城 主: 沼田氏、上杉氏、北条氏、真田氏、滝川氏、猪俣氏、本多氏、土岐氏
歴 史: 1532(天文元)沼田顕泰が築城、幕岩城から移る
1569(永禄12)顕泰が会津に逃走、上杉謙信が柴田右衛門尉を城代として置く
1578(天正6)謙信の死後、北条氏政・氏直が領有
1580(天正8)真田昌幸が沼田城、名胡桃城を北条から奪取
1582(天正10)武田氏滅亡により滝川一益の家臣・益重が城主に。本能寺の変の後滝川氏が去り、天正壬午の乱が起き、秀吉の裁定により真田から北条に引き渡される
1589(天正17)沼田城代の猪俣邦憲が真田昌幸の名胡桃城を略奪し、北条征伐の口実となる
1590(天正18)北条氏滅び、真田昌幸の子信幸が城主に
1601(慶長6)信之(信幸から改名)が城を修築
1622(元和8)信之が松代移封、沼田は長男の信吉が分藩の藩主となる
1658(明暦4)真田本家とお家騒動・沼田藩独立、信吉の子・信直が五層の天守を築造
1681(天和元)信直が悪政等を理由に幕府により改易、沼田は天領となり天守など全て破却
1703(元禄16)本多正永が入封し沼田藩再興、城を再建(天守はなく、御殿のみ)
1742(寛保元)土岐頼稔が入城、以来版籍奉還まで土岐氏が城主
1869(明治2)廃城、建物破却


沼田城の本丸・二の丸は現在は桜の名所・沼田公園に。

色とりどりの季節の花が植えられているきれいな公園。

鐘楼。真田の時代にあったものを1887(明治20)年に復元。

鐘楼UP。中の鐘は真田家二代・信吉が鋳造させたもの。

西櫓台の石垣。

この石垣は遺構かどうか不明。

土塁。

天狗堂。

ツツジ。

あちこち起伏があったりして「曲輪の跡か?」と思わせる部分もあるが、いかんせん遺構がないのでわからん。

古図面。

ちなみにこっちは松代の真田宝物館に展示してあった沼田城の古図面。

門の礎石?

重要文化財・生方家旧宅。生方家は沼田藩と取引のあった商家。

本丸堀の跡と見られる池。

この石垣は真田時代の遺構とか。

八重桜。ソメイヨシノはすっかり散ってしまっていた。

再度鐘楼。

さっきの古図面によるとこの神社の右手辺りに五層の天守があったらしい。

沼田公園を出たところにある三の丸の土居・堀の跡。沼田城の三の丸は二の丸の外のほんの狭いエリアだったようだ。




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