松本城 2011.12.28



所在地: 長野県松本市丸の内
最寄駅: JR中央本線松本駅
別 名: 深志城、烏城
現存遺構: 大天守、乾小天守、辰巳附櫓、月見櫓、渡櫓(以上国宝)、曲輪、石垣、堀
再建建物: 黒門、太鼓門
区 分: 平城
城 主: 島立氏、小笠原氏、武田氏、石川氏、松平氏、堀田氏、水野氏
歴 史: 1504(永正元) 小笠原氏の家臣・島立貞永が林城の支城として深志城を築城
1550(天文19)武田晴信(信玄)が小笠原長時を信濃より追い出し深志城占領
1582(天正10) 武田氏滅亡後長時の子・貞慶が旧領回復し、松本城と改名
1590(天正18)貞慶の子・秀政が古河に転封、石川数正が入封
1594(文禄3) 数正の子・康長が天守、乾小天守築造
1613(慶長18)康長が大久保長安事件に連座して改易、秀政が再び入封
1617(元和3)秀政の子・忠真が転封、松平(戸田)康長入封
1633(寛永10)康長の子・康直転封、松平(越前)直政入封
1634(寛永11) 直政が月見櫓と辰巳附櫓を築造
1638(寛永15)直政転封、堀田正盛入封
1642(寛永19)正盛転封、水野忠清入封
1725(享保10)水野家6代忠恒転封、松平(戸田)光慈入封、以降明治まで戸田氏の居城
1727(享保12) 本丸御殿炎上、以後再建されず二の丸御殿を使用
1871(明治4)廃城
1872(明治5) 黒門・太鼓門取り壊し。天守も払い下げられるが市川量造の尽力で買い戻す
1876(明治9)二の丸御殿(当時筑摩県役場として使用)焼失
1903(明治36) 倒壊寸前の天守の修理を開始。完了は大正2年
1930(昭和5)国史跡指定
1936(昭和11) 天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓の5棟が国宝保存法により国宝指定
1952(昭和27) 上記5棟が文化財保護法により改めて国宝指定
1960(昭和35) 黒門一の門復元
1989(平成元) 黒門高麗門、枡形復元完成
1999(平成11) 太鼓門枡形復元完成


北アルプスバックの松本城天守。

内堀越しに角度を変えて。

縦で。

朝なのでこちらの面に日光が当たる。

小天守も入る角度で。

さらに左側から。

大天守と乾小天守。

天守と埋み橋。

古地図。

常念岳と槍ケ岳。

鳥が一斉に飛び立つ。

埋み橋越しの天守。現在こちら側の入り口は閉鎖中。

黒門枡形。

本丸御殿から。

大天守。

月見櫓。

天守内に入る。

以前天守に乗ってた鯱。

懸魚。

破風を内側から。

最上階天井。

二十六夜社。

勧請の謂れ。

三階から四階に上る最も急な階段。

三階の御座間。

月見櫓内側。

太鼓門。

太鼓門枡形。

二の丸御殿跡。

再度北アルプスを入れて。




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