江戸城 2003.3.8



所在地: 東京都千代田区千代田
最寄駅: JR東京駅、東京地下鉄千代田線大手町駅・二重橋駅、東西線竹橋駅
別 名: 千代田城、東京城
現存遺構: 伏見櫓、巽櫓、富士見多聞、西の丸大手門、桔梗門、田安門、清水門、桜田門、平川門、北拮橋門、同心番所、百人番所、大番所、曲輪、石垣、堀、土塁
再建建物: 富士見櫓、大手門
区 分: 平山城
城 主: 太田氏、上杉氏、北条氏、徳川氏
歴 史: 1457(長禄元)太田道灌により築城
1524(大永4)北条氏綱が扇谷上杉朝興から江戸城を奪取、以後支城として城代を置く
1590(天正18) 徳川家康入城
1592(文禄元)西の丸を築く
1606(慶長11) 本丸、二の丸、三の丸、外曲輪構築
1607(慶長12)慶長天守完成、北の丸を築く
1611(慶長16)西の丸拡張
1623(元和9)元和天守完成
1624(寛永元)西の丸御殿改築、隠居の秀忠が入居
1629(寛永6)江戸城大修築開始
1634(寛永11)西の丸御殿焼失
1636(寛永13) 江戸城大修築竣工
1637(寛永14)天守台改造、本丸御殿完成
1639(寛永16)本丸御殿焼失(翌年再建)
1657(明暦3)明暦の大火で天守、本丸、二の丸、三の丸まで焼失
1658(万治元)天守台が再建されるが天守は以降再建されず
1659(万治2)本丸御殿・富士見櫓再建
1747(延享4)二の丸御殿焼失(6年後再建)
1838(天保9)西の丸御殿焼失(翌年再建)
1844(弘化元)本丸御殿全焼(翌年再建)
1852(嘉永5)西の丸御殿全焼、再建
1859(安政6)本丸御殿全焼(翌年再建)
1863(文久3)西の丸、本丸御殿全焼(西の丸は翌年再建されるが本丸は再建されず)
1867(慶応3)二の丸御殿全焼
1868(慶応4)江戸城無血開城、明治天皇が入城し東京城と改名
1873(明治6)皇居として使用していた西の丸御殿焼失、青山御所を仮皇居に
1888(明治21)西の丸に明治宮殿完成
1923(大正12)関東大震災で富士見櫓など倒壊(富士見櫓はのち再建)
1945(昭和20) 空襲で大手門焼失
1961(昭和36) 田安門、清水門、桜田門が国の重要文化財に指定
1963(昭和38) 国特別史跡に指定
1967(昭和42) 大手門再建


江戸城跡は現在本丸と二の丸が「皇居東御苑」として無料開放されている。東京駅丸の内口からまっすぐ正面向いて歩くと和田倉門に着く。その横にはこの和田倉橋という木橋が掛かっている。

大手門。皇居東御苑はこの大手門と竹橋の方の平川門、北拮橋(きたはねばし)門の三ヶ所から入れる。

皇居東御苑の全体図。

門のところで入園証を受け取り(返却は3ヶ所のどこでもよい)入園。

大手門内門。大手門は太平洋戦争で焼失、1965(昭和40)年に再建。

入ると鯱が鎮座。

紅白の梅。

残っている建物は凄く少ない。そのひとつ同心番所。

こちらは百人番所。いい天気だ。「鉄砲百人組」と呼ばれた甲賀・伊賀・根来・二十五騎の四組が交代で監視に当たっていた場所。

美しい石垣。ここは中ノ御門跡。

大番所。番所ばっかりだな、残ってるの。

石垣。

こちらの石垣の石にはなんか模様が(追記:明暦の大火=下記参照で焼けた天守台の跡という説もある)の。中雀門跡。

咲いてる花はさっきの梅とこの椿くらい。春になるともっといっぱい咲いてるらしいが。


江戸城跡で最も高い建物・富士見櫓。よく写真で出てるアングルは宮内庁側からのようだ。

本丸跡はこんな感じの公園になっている。昔は中央気象台(気象庁の前身)と正午を知らせる大砲(いわゆる「ドン」)の砲台があったらしい。

このへんに松の廊下(大広間と白書院をつなぐL字型の廊下だった)があったらしい。本丸には一切建物が残ってない(1863年に全焼)ので意味がない。


ちょっと上ったところにある富士見多聞。武器倉兼防御壁として使われたらしい。この向こうは皇居。

石室。

天守台。意外に狭い。

1623年から1657年の短い間にはこのような立派な5層6重の天守があったらしい(いわゆる「元和天守」。明暦の大火で焼失、その後再建されず)。皇居を見下ろす形になるので絶対再建されないだろうなあ。

天守台から北を見ると玉ねぎ。

天守台の石垣。

これも。他の城に比べてもそんなにきれいでもない。この天守台は1658(万治元)年に再建されたが、天守がその上に乗ることはなかった。

汐見坂から丸の内方面を眺める。

これは白鳥堀。白鳥はいない。

二の丸庭園の松。本丸と二の丸は堀などで明確に分けられてはいなかった。

どっかから移築されてきた諏訪の茶屋。明治の末の建築物らしい。

二の丸庭園には「都道府県の木」というエリアがあり、47都道府県の県木が植えてある。これは茨城県の「ウメ」。

大分県の「ブンゴウメ」。咲いてるのがこのくらいしかないもんで。

平川門の方に下る。

これも梅かな?

山茶花。

平川門から出る。平川門は往時は三の丸から大奥につながる入り口で「勝手口」的役割だったとか。

平川門の鯱。

平川門。

お堀沿いを歩く。桜はまだつぼみ。

ここがもうひとつの出入り口の北拮橋門。

北の丸公園(かつては田安御殿、そして戦時中は近衛師団司令部があった)を突っ切っておなじみ田安門から九段下へ。



以下2003年4月3日撮影。

清水門。1658(万治元)年に再建。重要文化財。

平川門。

田安門渡櫓。1964(昭和39)年復元。




南回りコースの写真(2003.6.21撮影)

西の丸内の写真(2003.12.23撮影)

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