江戸城三十六見附を歩かない。



「江戸城三十六見附」と言ってもいろんな説があり、「単にたくさんの意味」「実は92」などと言われてもいるが、真偽を論じる気はさらさらないのでこの本の定義に従ってみる。これによると外堀から渦巻状に、
1浅草橋門
2筋違(すじかい)橋門
3小石川門
4牛込見附
5市谷見附
6四谷見附
7食違見附
8赤坂見附
9虎ノ門
10幸橋門
11山下橋門
12数寄屋橋門
13鍛冶橋門
14呉服橋門
15常盤橋門
16神田橋門
17一ツ橋門
18雉子橋(きじばし)門
19竹橋門
20清水門
21田安門
22半蔵門
23外桜田門
24日比谷門
25馬場先門
26和田倉門
27大手門
28平川門
29北拮橋(きたはねばし)門
30西の丸大手門
31西の丸玄関門
32坂下門
33内桜田門(=桔梗門)
34下乗門
35中ノ御門
36中雀門
だそうだ(西拮橋門は入ってない)。このうち行けないものを除いて、定義には従うが「歩く」というのには従わず、公共交通機関を駆使して行ってみよう(一部は以前に撮った写真の再利用あり)という企画。



1.浅草橋門

浅草橋門からスタート。浅草橋はいまだ健在だが門はすでになく、この標柱のみ。


2.筋違御門

万世橋から昌平橋。昌平橋から50m下流に筋違橋が架かっており、そこに筋違御門があったらしいのだが・・・。筋違御門の枡形の石垣は解体・万世橋に流用され、その万世橋もすでにコンクリート橋に替わっている(位置も現在の位置に)。2番目でいきなり頓挫。

上野への「御成通」であったという表示はある。

拡大。やはり筋違御門跡は万世橋駅→交通博物館(閉館)となったようだ。


3。小石川橋門

小石川橋。左側に石垣っぽいのがあるが遺構ではないらしい。

小石川橋の説明板。小石川見附が明治6年に取り壊された旨が書いてある。


4.牛込見附

そしてようやく遺構らしきものが残っている牛込見附に。飯田橋を渡り右手の石垣。

左手の石垣。

牛込橋の説明板。

再度右側の石垣。


5.市谷見附

橋のたもとに石垣に使われていた石が飾ってある。

そして南北線市ヶ谷駅構内に江戸歴史散歩コーナーというのがあり、石垣が復元されている。

裏側。


6.四谷見附

一角のみ石垣が残っている。

縦で。


7.喰違見附

この標柱のみ。

それだけじゃ寂しいので土塁。


8.赤坂見附

歩道橋から。

下に降りて。

標柱を入れて。

案内板。

近くの弁慶橋の石垣。ちなみに弁慶橋ができたのは明治になってから。


9.虎ノ門

ここは何もないかと思ったら・・・・

こういう碑がありました。

歩道側から。


10.幸橋門

幸橋があったのは今の東京第一ホテルの辺り。

今は鉄道の高架橋にその名を残すのみ。

新幸橋ができたのは大正12年。


11.山下橋門

山下橋門のあった辺り。

これも鉄道の高架橋にその名を残すのみ。




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